18歳と81歳フィガロ

2020年05月29日

年俸120円

年俸 120 

 

サッカー J-3 横浜の F W、安彦考真(あびこ・たかまさ)氏(42歳)は、サッカー選手の中でも最年長の現役選手である。その彼の年俸は 120円 とのこと。今年が最後の年ということで、何としてもゴールを決めて引退したいと、背水の陣で頑張っている。清々しい生き方で頭が下がる思いだ。

  

私にはこの120円という額が、胸に響いた。私が毎年、国連国際法委員会 (ILC) の委員として受け取る謝礼 (honoraria) が1ドル(108円)だからである。私の場合は、安彦選手よりも 10% 安く、さらに可哀想な人ということになる。

 

1947 年にILCが設立された時、起草者たちの頭の中には、ILCを国際司法裁判所 (ICJ) の mirror image (鏡像)として捉えていたフシがある。ICJが国際社会の司法機関なら、ILCは国際社会の立法機関だという考え方である。そのためILCの委員数も、当初は、ICJの判事と同じ15名とされた。そしてILC委員に支払われる謝礼も、毎年、たしか5,000ドル(特別報告者には  7,500ドル、委員長には10,000ドル)であったように思う。

 

日本からの最初のILC委員だった横田喜三郎博士の自伝を読むと、1960年、ジュネーヴでILCに出席していた彼のもとに田中耕太郎最高裁長官から電報が届いて、自分の後を引き継いでくれないかと相談されたという。その時横田博士は、最高裁に移るよりは、今のILC委員の方が良いと、一瞬、思い悩むのである。

 

横田博士がなぜ思い悩んだかは分からない。これは、私の「下衆の勘ぐり」でしかないのだが、ILCから出る謝礼も一つの要因だったのではないかと、育ちの悪い私などはつい考えてしまう。当時、1ドルは360円の固定制、5,000ドルと言えば180万円である(しかも非課税)。当時の首相や最高裁長官の給料よりもかなり高い。その頃のサラリーマンの平均月給が 「13,800円」(そういう題の流行歌をフランク永井が歌っていたが、年俸にすれば20万円位か)だった時代である。

 

しかしその後、国連は財政難に陥り、2002年に国連は全ての委員会等の委員の謝礼を1ドルとすることを決めた。毎年ILCは総会に対し、少なくとも特別報告者への謝礼だけは復活してほしいと要請しているが、変更の兆しはない。途上国出身の特別報告者は、報告書の執筆に必要な国際法の本すら買えないと嘆いている。

 

ICJはその後も15名の裁判官のもとに重要な仕事を見事に果たしてきているが、ILCの方は、委員数が15名から34名に増員された一方、その地盤沈下は甚だしい。サッカーで言えば J-1からJ-3に降格されたような感じである。そう考えれば年1ドル、108 円の謝礼は、相応しい額ともいえよう。

 

 もとよりILC委員は別にお金のために国際法の仕事をしているわけではない!安彦選手と同じように、一発、ゴールを決めたいと願うのみである(ちょっとヤセガマン)。



smurase at 22:14│Comments(0)

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